雑穀物語NEXT〚第7話〛 ハトムギタンパク質の謎

一週間後。。。


グレオ
「ミレイちゃん、ハトムギタンパク質、最後の謎に対する答えってまとまった?」

ミレイ
「うん、まとまったわ。その答えはこれよ!」

グレオ
「こ、これは、、、、、ハトムギの粒じゃん。」

ミレイ
「そうよ。このハトムギの粒のカタチ、そして、この大きさがその答えなの。」

グレオ
「どういうこと?」

ミレイ
「ハトムギの粒って、このとおり、雑穀の中でもひときわ大きくて、しっかりしたカタチをしているよね。この粒を見て、”良質なたんぱく質を多く含む”って言われるとどう思う? そのとおり!と感じない?」

グレオ
「そう、そう、確かにそう思うね。」

ミレイ
「タンパク質の含有量が多いのは確かだけど、見てくれる、これが雑穀別のタンパク質の比較データなの。」


雑穀タンパク質含有量比較(g/100g) 日本食品標準成分表2020年版(八訂)から引用

グレオ
「多いほうだけど、ハトムギだけが突出しているということではないよね。」

ミレイ
「そうなのよ。また、雑穀の中で良質なタンパク質が多いのは、キノアやアマランサスだけど、そこまでアピールされていないと思うの。それは、粒がとても小さいので、良質なタンパク質を多く含むっていう表現より、ほかの栄養素、例えば、” カルシウムや鉄分などのミネラルが白米の何倍!”、 ” 小さい粒に健康につながる微量栄養素がギュッと凝縮 ”っていう方がわかりやすく、イメージしやすいでしょ。」

グレオ
「なるほど、確かにそうだね。でも、文部科学省や農林水産省が発表しているデータで否定されているのに、いくらイメージに合うからって、誤った表現が残り続けていくのはおかしいね。何でだろう?」

ミレイ
「そうなのよ。これには、ハトムギ生産振興の歴史が関係していると考えられるの。」

グレオ
「えっ、どういうこと?」

ミレイ
「今、ハトムギの国内栽培面積は、生産を奨励されていた昭和56年以来となる1千ヘクタールを超えるほど、増えてきているのよ。ハトムギの健康や美容効果が注目されて、雑穀ブレンドの原料のほか、加工食品やお茶、ヨクイニンの錠剤、化粧品など、いろいろなハトムギ商品が作られてきたことがその理由なの。」

グレオ
「最近ハトムギの名前を見る機会増えたもんね。」

ミレイ
「また、国内生産がここまで伸びたのは、背丈が低いため倒れにくく、病気にも強く収量が安定している品種 “あきしずく” が、農研機構の九州沖縄農業研究センターで2007年に育成されたことが大きいのよ。国産ハトムギの80%以上を占めている、まさに “神品種” で、九州から東北南部まで、日本各地で栽培されているのよ!」

グレオ
「へ~、そうなんだ。」

ミレイ
「それで、ハトムギ生産振興のことなんだけど、実は、今から数十年前、お米がたくさん余った時代が続いて、お米を作る水田を減らす “減反政策” という国の方針があったの。その政策は2018年に終わったんだけれど、当時、水田転作用の作物のひとつとして、ハトムギの生産が奨励されたの。それは、昭和56年、1981年のことよ。」

グレオ
「1981年か、、あれっ、なんか聞いたことあると思ったら、ちょうどハトムギのアミノ酸分析が学術書に掲載された年だね。」

ミレイ
「そう、その年。その時には国の予算もついて、ハトムギの様々な研究や、栽培技術開発や商品開発等の支援がなされていたの。それで、ハトムギの栄養成分の研究も活発に行われ、科学的な価値ある情報でハトムギ普及を推進しようとしていたのよ。でも、ハトムギ生産振興も平成元年、1989年前後をピークに落ち着いてきたわ。それは、当時の育種改良の取り組みが十分ではなく、多くは在来品種の栽培だっため、草丈が高いための倒伏や病害虫の影響も受けやすくて、収量が安定しなかったからなの。」

グレオ
「ハトムギ栽培、難しいんだね。」

ミレイ
「そうして、ハトムギ生産振興の収縮と共に、研究も注目されなくなり、研究論文を目にする機会もめっきり少なくなってしまったのよ。その後の10年間は、ハトムギ生産面積も少なくなってしまって、、、」

グレオ
「なるほど。僕の生まれるずっと前に、そんなハトムギの歴史があったんだ。」

ミレイ
「その後、2000年ごろから、ハトムギも原材料に使われているブレンド雑穀が注目されてきたの。その時、ひとつひとつの雑穀を紹介するときに、ハトムギのカタチから、インパクトのあるわかりやすい表現として、”良質なタンパク質を多く含む” という、かつての誤った表現が使われてしまったのではないかなって思うの。それがそのまま、今でもハトムギの紹介で引用され、使用され続けていると考えられるのよ。」

グレオ
「そうなのか。ハトムギにとって注目されなかった、その失われた10年で、当時のハトムギタンパク質研究のことも忘れられてしまったんだね。」

ミレイ
「残念だけど、そういうことかもしれない。」

グレオ
「でも、この誤った表現を使い続けることって、何か問題あるの?」

ミレイ
「やっぱり、それはあるわ。例えば、今年、東京オリンピックがあるけど、アスリートの方って、栄養にはとても気を使っていると思うの。タンパク質ももちろん重要よね。その時に、『ハトムギは良質なタンパク質を多く含むから、これだけでタンパク質はOK!』となるとどう? ハトムギだけをたくさん食べても、アミノ酸バランスが良くないので、すべてをタンパク質として利用することはできないのよ。」

グレオ
「ふ~ん、そうなのか~。」

ミレイ
「正しい情報を知っていれば、ハトムギに足りないリジンやトリプトファンを豊富に含む食材、例えば、大豆、カツオやマグロなどのお魚、鶏肉、乳製品などを上手に食事に組み合わせることで、タンパク質としての吸収効率が良くなるんだけど。」

グレオ
「なるほど!」

ミレイ
「正しく情報を発信していくことは重要で、一時のブームでなく、継続して雑穀のすばらしさが伝わっていくと思うのよ。」

グレオ
「そうか、なんか納得できるね。」

ミレイ
「ハトムギの研究は最近進んでいて、金沢大学臨床研究開発補完代替医療学講座の研究によると、肌美容のほか、抗高脂血症、冷え性改善、抗炎症、利尿作用、など、科学的エビデンスの可能性は広がっているの。また、ハトムギ産地の栃木県小山市でも、機能性の臨床研究が始まっているのよ。だから、私たちは、正しい情報を修得して、料理や商品開発などそれぞれの得意分野で、ハトムギなど雑穀の魅力を日本中に広めたいって思うの。」

グレオ
「すごーい!よーく、わかりました。」

《解説》
ハトムギはヒエと共に、水田でも安定的な収量を確保できる雑穀です。そのため、減反政策に伴う水田転作用の作物として期待されましたが、当時は、安定生産に適した育種が追いつかず、存在そのものも忘れられつつありました。当時、最も多く栽培された在来種である岡山在来は、現在では、種子を入手することも困難になっているようです。
栄養や機能性などハトムギの研究も、当時関わった研究者から世代も変わってきています。かつての研究成果を踏まえて、最新の情報を収集し、正しい情報発信をしていくことは、インターネット社会の今、健全な普及につながるために益々重要になってきます。

参考書籍
小原哲二郎 (1981)「雑穀 -その科学と利用- 」樹村房
星川清親 (1980)「新編食用作物」養賢堂
香川明夫監修『八訂 食品成分表2021』女子栄養大学出版部

参考論文
早川清一・鈴木平光・大坪研一 (1984)「ハトムギタンパク質の栄養価への加工処理およびアミノ酸補足の影響」
  (食品総合研究所研究報告)No.44, p45-49, 農林水産省食品総合研究所.

参考サイト
文部科学省『日本食品標準成分表2020年版 (八訂) 』

イラスト協力
雑穀クリエイター 梶川  愛 さん

登場人物紹介
  グレオ
神奈川県出身、文学部の大学2年生。趣味は映画観賞と食べること。スマホが離せない少し優柔不断な次男坊。ミレイはカフェのバイト仲間。

  ミレイ
料理と読書、そして雑穀が大好きな、東北の中山間地出身の女子大家政学部の3年生。雑穀エキスパート認定者。責任感が強く、負けず嫌い。

 

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